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28. ポスト資本主義について

58m 2s

28. ポスト資本主義について

この議論は、近代哲学が確立した主客分離と理性による客観的管理のパラダイムが、現象学の批判によりその限界を露呈していることを指摘する。フッサールによれば、100%の客観的真理は存在せず、社会科学やビジネスの指標は客観的実体ではなく、社会的な合意(コンセンサス)に過ぎない。現在、フロンティアの縮小と価値観の複雑化が進み、固定化された関係性(例:医者と患者、支援者と被支援者)と単純な量的指標に依存する既存の合意では、創造性を発揮できず、社会課題に対処できない。解決策として、仏教哲学の「関係性」の概念を導入し、瞬間ごとに最適な関係性を構築する柔軟さと、質的調査を重視した新しい合意形成を提案する。技術的リスクが高く失敗の許容度が低い現代においては、既存システムの再生産ではなく、ビジネスパーソンが主導して哲学的な省察に基づく実験的な価値観とシステムの構築を急ぐ必要性が強調されている。

Transcription

1460 Words, 23216 Characters

Japanese
【大戦士のまぶろし会議】 よろしくお願いします このポットキャストは利用企画を読んだ方のみが来るポットキャストとなっております 変な日を抽象するとあれが発生しますね 料金が発生するのとあとは我々の心理的安全性を担保するために 一週間で音源が消えるという特性がありますので 是非楽しんでもらったらなというのと必ず読んでから 利用企画を概要欄に書いてありますので聞いてください お願いします 【大戦士のまぶろし会議】 というわけで なんか、四本主義の新しい考え方? リロン? そうですね そう、聞いたんですけど ずっと僕たちの中で直感的に存在していた なんと言うんですか リロンみたいなのがずっとあって それを一応手伝くにディープだいぶして考えてるんですよね ここ最近ずっと現象学をちゃんと勉強するってことをやっててじゃないで この現象学っていうものを 現象学だけを使っているわけじゃないんですけど 今の召営人体する5秒生みたいなものが どういうルーツとどの手伝くに理規を存在していて それをどの手伝くに基づいてどのように論迫をして どのようにそれがブラシアップされるべきかという話っていうのが だいぶ成りされてきて いて その会議っていうのついさっきこの直前までやってた ですよね それでだいぶ言語ができるような まだちょっと僕が喋れるかどうか別なんですけど だいぶ言語ができるようなと ちょっと報告をしてたんですけど楽しかったね っていう それで地獄した 触りだけでも聞きたいんですけど これね 全然今までいてきたことの相互なんですけど もう少しだけ詳しくいったわけに 今まで言ってきて意味勝ちが運ぬとかよりも 詳しくいったほうがいいと思うんですけど ちょっとざっくりしかできないですけど いうと なんかそのアリストテレスとかプラトンとか そういう時代からリーセーっていう概念がちゃんとあって で そういうリーセーっていう概念で 世界とちょっとその前に戻りも それとまた別に 昔から古代の哲学の中で 東洋哲学にも存在する概念なんですけど やっぱ世界を統御する 言葉ありがあるみたいな ローシでいうところの タオどうであるとか 主使学にも 言葉ありリーっていうのが出てきたりしますし というようでも ギリシャ哲学とかだと イッシャっていう1のものとかいって イッシャとかですね そういう概念がありますと そこらって哲学にもそういうなんか 概念ありますし そういう概念みたいなものが 存在していて この世の中にはことありがあるよね でそのことありっていうもの その中地通常があるよねってことですね 確かに日は登り静むし 特定の種類の植物は 特定の形をしているし というのは見れば 何らかの放速っていうものとか そこに存在するということは 古代人から見ても自平だったわけで そこに統一的な なんていうか 統治放速みたいな があるんじゃないかっていうのは 古代の例えばローマ帝国で ポリス 原路院とかで ポリス運営をしている彼らもですね 自分たちのように 神紙も放速を話し合って 放速を作って 自分たちが動かされているんじゃないか マネージメントされてるんじゃないかっていう概念とかっていうのは あったりとかして 全ての古代哲学が マネージメントされてるっていう概念ではないんですけど 例えばローマとかだと そういうところから そこら哲学とかが 高期ストッコラ哲学とかが 発生していくんですけど あるみたいな これぐらいの距離から始まります ちなみに ポストション なるほどね コンぐらいといったところから始まりますけど 大丈夫ですかね そういう感じで ここに キリスト教義が マージするんですよね このかつがき キリスト教っていうのが入ってきて キリスト教が入ってきて その 不便的放速性みたいなものを いわゆる神が運用しているんだっていう概念が やっぱり自然と入ってくるんですよね この神が 運用しているんだっていう概念が入ってきて 明確になんか自分たちから見て だなと思ったのが そこに きついをプラス ジョレツが入るっていう感覚 ジョレツ 上下関係が 明確に出来上がるみたいな その直前のギリシャテツがくぐらいまでは あんまりそのなんていうかな 人間がめちゃくちゃ優異で 自然が冷ついで それをなんか管理するのが 人間で 感覚があるかちょっと あまりなくて 人間も自然の一部として 一つの放速の中で動いており その放速はうちなる自分みたいなもの と同一だったり 同一じゃないっていういろんな哲学分歩があるんですけど その うちなる自分の なんていうんですか 放速みたいなもの と同一だっていう哲学だとすると その同一なんだけれども その同一なものに 下がうかどうかみたいな 自分の意思に任さられているんだと そのに下がうということを 下がうということを なんていうか 十分にするのが理性なんだ みたいな考え方があったりするんですよね これ例えば 過ごな哲学とかだと こういう考え方をしたりする なるほど みたいなのがあって あごめんなさい そこらあって 言ってたら 言い間違い ストア ストア ストア ストア ストア ストア ストア ストア ストア 哲学 とかがあって ちなみに今言って ねやつは さっきで行き上がったばかりのやつで まだ 正一に 本来であれば これをめちゃくちゃブラッシュアップして 正一に説明ができる状態で 間違った状態じゃない状態で 毎回出してるんで これはもう本当で 来たてほやほやの 全然 なんか 制度が低いかもしれない説明のしかたね はいはい その前提で皆さん聞いてください その前提で これをめちゃくちゃ ちゃんと準備してくれ やってるから 全然違うけど これは結構 自分が理解してるやつ とりあえず口に出してる レベルが話したから 全然その 正一度は違うんだけど 一週間で 消えるし言っていかなと 思っているか はいはい それぐらいのリュードの あの制度のもだと思って 聞いてほしいんだけど そこから消じた その 兆列みたいなのが 消しますと この兆列みたいなのが その近代哲学に 引きつがれていくんですよね で近代哲学では 例えばデカルとぐらいから 消じるんだけれども 近代制御哲学で でその 理性っていうもの っていうものが 自然ないしは その なんていうんですかね 自分も自然も 投業する対象として 取らえられると はいはい 理性のみが 有利していて 自が 自がのみが その 信頼や 自然から 介律していて この 介律した 自がみたいなものが 自然や その 自然や その 信頼みたいなものを 客体化していて 投業可能なものとして 見なしていくっていう 兆流が始まるんですよ はいはい これやっぱりデカルとか 意義主義的に 全て疑った結果 もう本当に疑えな ものは自分 その自分の 思考のみであって 思考している 自がみたいなものの 思考の 自がは 得と疑えないよね これが存在している ってことは存在しているから こそ 疑ってるわけだから それは 疑えないよね っていう ことを出発点として 疑えないものだけを 出発点として そこから 思考点解した結果 疑えない 自が以外の 全てが 客体化されるという 現象が起こるわけで これによって その 自分と全く 明確に違うものと して自然が存在し 自分と全く 明確に違うものとして 信頼が存在すると この信頼と 自然っていうものは 理性によって 統御 統整する対象であって っていう ここが 兆列感覚というのは キリース環境から 引き継がれるわけですね マネージメント対象であって マネージメントするものなんだ っていう考え方なんだ なんです これはストアハとかの キリース環境以前の 哲学だと その兆列っていうのは あんまりなくて 理性と信頼とかに対して そこに明確な 兆列概念が 入った状態で 統整対象になる っていうのが 近代哲学の特徴なんですよ ここから 2いてぐらいに 至るまで その そのような感覚というのは 持っていると でもっていうと そこに 明確な 所関性とは 何かということと 客観性とは 何かということ の 結着がつかない ということが 実は 生用哲学の 長い間 こる 2いてぐらいまで 兆観性と 客観性の 結着がつかない 結着がつくな 僕の中で ふっさあるなんで 100年ぐらいまで 結着が でかる とか つかない ということが ずっと こって 客観性 てのどれぐらい 単問されており 兆観性 てるまで どういうものなのか ということが よくわかんない というか いろんな ギギ が生じるんだよね 客観性 世界 ってどうなったんだ ってなきゃ 客観的に それを取られる ってどうなんだ って みたいな ものは ずっと 実は 結着が そのなんていうんですかね ガリレーとか ああいう科学のぼっこうっていうのが起こるんで 科学のぼっこうと同時平行して世界を数学的に捉えるっていう調理が出てくるんですよね これはデカルと的自画館から商の大出発点として 世界をマネージメントできる対象として自分の身体や その世界自然みたいなその全てのものを客観的な客体として対象化させて この対象っていうものをその自分の理性っていうものが 把握するために数字を使って数学を使って それは現すことができるんだっていう確信を持ってそれやっていくっていうスタイルですよね なるほど このスタイルと はいして実学的結着が使わないんですよね 100年前まで それはできるのかできないのかってことが結着使わない でも100%客観的に捉えて数学的処理をすることが本当に可能なのかっていうことは 哲学的には無理じゃねってずっと言われてるんだけど 100%の客観せて何ってずっと言われてるわけです でも結着が使わない その結着が使わないで家学はどんどんどん進行していって その世界を客体的に捉えそのスタラに 家学的にいろんなことができるようになり 客体的に捉えた結果ですね できるからこそ 客体的に捉えられるんだっていう 確信が捕まっていくわけですよね で100年前に成用哲学の中で僕の中でもアフッスサールで結構結着が着いた感覚があるんだけれども 結着が着くっていう表現はたぶん哲学的に何か微妙だと思うんですけど 一旦結構説明が本当にできてるなって思うんですけど 100%の客観的に捉えるなんて言葉も全然無理ですよね っていう話になってるんです 視観が入っていると そうです 視観が入っているが視観以外のものが存在するってこと自体が その我々がどんだけ勘違しても無理だよねっていうことですよね なるほど 自分の視観から離れた100%の客観性を獲得するってこと自体が不可能だから それが不可能な時点で そのかなり難しいよね ただ一方で自然科学っていうのはやっぱり結構それが取らえやすいと 一定のその確実性みたいながやっぱ存在している そこすごく本当に超年meme3に考えられてるんでスーパーサスに飛ばしましたけど とてもじゃないけどちょっと言えないんで口で 今日もやる人は自分でで検証学勉強してくれ 一方で社会科学やっぱり無理だろってフスターローが言ってると うんうん だからこれに基づけば経営学とか社会学とか 統計学とか心理学とか全部振っとんだことになるね経済学とか うんうん 全部振っとりますね 言ったん ほぼほぼが 全然そうではないですけど6割ぐらい振っとりますね それが 自然科学のように客観性100%に近い形で 検証したりすることは無理だよねという前提に 統計学の統計UEとかもUE性とかも 無理だろってフスターローに言われちゃった 鉄学者から見われちゃったみたいな話 それをアナロジカルに自然科学のように扱うみたいなこと自体に 極めて高い5秒制があって そういうやり方をするとめちゃくちゃ危険だしダメでしょ って言われたってことになるんで 鉄学からは はい どんなきロジカルに考えてるのめっちゃダメだろって言われたってことになるんですね はい 確かに言ってなりますちなみにロジックを勉強していくと はい でこの鉄学に 僕はその今の世界が乗っとってないっていうふうにずっと指摘してることの だからのほうがね 鉄学が古くてそのに一客人社会システムみたいなのを 存在しませんよねみたいな話をずっとしてたわけですけど 何を言ってるかというと鉄学的に 周りに結着がつかない間に 科学や社会科学が勃交し進んだ思考方法によって今の世界っていうのは 統治されているしそのにも統治したシステムが作られているんだけれども 実際は鉄学両駅からは何を言われたかというと 100%の着感性なんて存在しないでしょって言われたと 定量化も無理だし 社会科学を自然科学のように扱うということ自体に高い5秒制があって それ無理なんじゃないって言われちゃったって ある意味それ以上のロジカルから考えられる信任みたいなが存在しませんみたいな 状態になっています。そうだって話になってるってことですよね。 なるほど。感覚的には理解できますね。 これに基づいた新しいシステムってないじゃないですか。なぜかというとそのこと言われたら、全部がフィンシューする感じですね。 いやキャッキャ、完成なんてないからとか言われたら、それに基づいた裁判でどうなるの? それに基づいた民主議てどうなるの?それに基づいた僕たちの契約ってどうなるの?みたいな話が、全部増yy。 ユーザーって何なのとか。自分の人生の目的って何なの?みたいなの?全てが崩壊しますよね。 はいはい。 なんで、崩壊というか、一回考え直しになっちゃう。そうですね。 はい。ゼロから考え直さなきゃね。 全部考え直さないといけない。で、軽とき的、自ら感みたいなものが行けば崩壊してるから。 なんで、フスタールとかは、自らの連続性とかを否定していると言われているし、 自らの連続性を手伝えされた新しい手伝えを持つ時に自分の自らの連続性を否定してながら生きるとか、めっちゃ難いじゃないですか。 めっちゃ難しいですね。 昨日の自分と自分、今日の自分に別に本物の連続性ってないですみたいな話なんで。 部屋でも言われてますよね。時間の連続性というのを否定されてます。明滅してるんだって話をしてるんで。 バトンを渡してるだけで、バトンはいくらでも落とすことができると。 そのバトンを討せば、昨日の自分と今日の自分が連続性がないなんてこと、可能だって言うのが、 部屋鉄学、大丈夫屋鉄学から言える事が感なんで。 それに基づいて生きるとか、全部崩壊するじゃん。 それこそ、昨日、犯罪をかした自分が今日、高速するのをかしいですみたいな話を言えちゃったりするんで。 はい。急曲的には。 急曲的にはそう。全部崩壊するじゃないですか。社会指示が。 うん。 けど鉄学ではそうなってます。 はい。はい。 いうことが、僕の中でずっと面白かったんです。 まず、確かにね。 はい。 今のシステムとか世界がそうなってるのに、鉄学レベルだとも否定できちゃうと。 そうです。 これを具体的にどのように、どのレベルまで現代に適用させ、 どういうふうに具体的に進めるのがいいかということにある程度、 僕の中で決着がついたし、それをしちゃないのを研究と比赦さんによって、 決着がついたし、それが今まで僕たちが意味勝ちがどうとかですね。 株式会社は全両性を発揮すべきだとか、運ののとか、言ってた、 あらえることと全部一気に一回繋かったっていうのが、さっきの破壊券になったっていう話なんです。 これまたここから説明書と書いてると、またここから長くなりますけど、 できることもないかもしれないですね。 なるほど。 その鉄学によって、その前提は否定されてるよねっていうところから、 新しく積み上げていくそう、コテンが出るような、 そうなんです。 そう立つできるっていう。 そういうことです。 どうやってって思うと思うんですけど、もう少し説明してみると、 例えば、ふっさールとかが指摘している中で、僕がもう極めて自由だなと思っている点っていうのは、 これ前回もいったかもしれないんだけど、 いわゆるさっき言ってような、100%の客観性がない中で、 社会科学は数学的に処理できるという感じが要しながら、数学的に処理しながら、 その自分たちの生活世界って言うからは呼ぶんだけど、 生活世界、つまり、主覚性から離れすぎた検討みたいなのを重ねた結果で何かアクションするみたいなのは、 その、なんていうか、実体からこういう言い方が生活かどうか、ちょっと絶妙なんですけど、 実体から帰りすぎて、クーロンになりすぎちゃうでしょっていう指摘をしてるんですよね。 それをさっき言った100%の客観性がないよねっていうところから、まさにこの指摘ができますよね。 わかります。 100%の客観性がないという事が、事明なのにもかかわらず、それがあるという前提にもとついて、 ソーシャルインパクトを形成し、計測し、ソープシャルインパクトを見ながら、 自分たちのアクションを決めていくみたいなことは、 土台がめちゃくちゃ揺らいでいるのにもかかわらず、その土台の上に洗えるアクションを積み上げて、 それが全て、成り立っているという風に思った状態で全てのアクションをしている状態なので、 すごい危ないよねっていうことをしてきていることになりますよね。 めちゃくちゃ引きになれというと、会社でKPI設定を間違えると、やってもやっても意味がないみたいなことがあったりするんですけど、 そういう状態になりやすいですよね。 そうですね。 もっというと、フスタルの指摘からすれば多分、売り上げとか利益とかさえそうなるかも可能性があるわけですけど、 そうするね。 早ういうようなことを言われてしまうということですよね。 僕はこの指摘がまずすごく大事だと思っているんですよ。 この指摘に準確をすべきでやると。 つまりその後どうするか、という事は僕らは、その実世界をまさに生きるビジネスパーソンとして、 問いへすべてを捨てるわけには行かないんで、なんなのかの指標と僕たちの合意形成は必要ですよね。 ここで重要なのは、それが客観的真実に基づいたアクションなのではなくて、 我々の合意形成に基づいているだけなんだという認識なんですよ。 これもフスタルが指摘していることなんです。 はいはいはい。 わかりますかね。 つまり僕たちは客観的に出てきた売り上げという心理、利益という心理、 例えばソーシャルインパクトという シンレイに基づいて 心理を判断してやってるっていうアクションをやってるわけじゃなくて 我々がそれを一定のコンセンサスだと認めたもの ただのコンセンサスなんですよね シンビシャン そういうかもねってお互いで言ってます そうとしか見なせませんよね そうとして見なすしかないですよね って言ったものにもとづいてアクションをしていますという その早うさの上に立っているということに 改めて戻っていきましょう ということをふっさるにしてきされたところから僕たちは考え直すことができるかなっていうのが 自分が思っていることです なるほど まあ株式会社だったら売り上げとか リンクが重要であり これが上がってれば基本的に良いことであり うまく言ってるみたいなのは たんだら合意計選の元であるが そこは別に100%の客観性なんてない状態なので こう歌がところまで戻るよねっていう そうです そうですね 今までそのような合意計制が特にこの50年間 数字だけを上げていて その数字を株式に関連すればいいという 言われる新事業主義仕加護学科の 言ってる内容の一部を切り取って ビジネスパーソン達がそれをうまいように使ってきたわけですね 仕加護学科は数字だけ 株式だけを喜ばせておくのがいいですよって言ってるわけではないというのが僕の日記です ちなみに 誰らか悪いと思っておもってます けれどもそこの一部を切り取って 株のしに関連するということだけを 主張名内してやっていこうという態度をずっと取ってきたと なんでそのような態度が取られてきたかというと やっぱり合意計制が簡単だからですよ あのすごく簡単だよね だって単純単位付票を目的として 株のしに関連するということだけを目的として セビデザーのアクションを修練させることができるので めちゃくちゃ簡単だったわけです このようにそのコンセンサスを単純化して簡単にする時代っていうのと コンセンサスが複雑化して複合的判断になる時代というのが 実は波のようにこうも来てます 私を見ると これって伝格じゃなくて歴史の話ですね 我々が勉強する限りは これは何によって分析してるかっていうと どうやらフロンティアがどれぐらいあるかで分析してるらしいです 面白い なるほど これももう少し僕たちが勉強すると もしかしたら結論が変わるかもしれないんだけれども 現時点ではフロンティアがあればあるほど リンリ感は単純化しい フロンティアがなければないほど リンリ感が複雑化するということがわかってます えー なるほど 今 まずリンリ感が複雑化するフェーズに入ってきていると思ってるんですけれども リンリ感がなぜ複雑化してるかというと フロンティアがなくて フロンティアがないと 総合成力が コンフリックとせざるを得ないですよね フロンティアがないんで はい そうすると その コンフリックと閉まくった結果 事滅していくのが事滅になっていくんで 事滅しないための新しい放作が必要になるんですよ これがリンリ感を複雑化させていきます いや面白なあるほど 03フェームに近づくので そうです 単純な状態だともう やってきなくなる 危なくするということですね おそらくその調流が来た結果 今 新自由主義で説明されていたことが 説明できないよねっていう それも新自由主義が丸で新理化のように扱われているんだけど 今だに 僕はこれが近有とかにめちゃくちゃしてきてることですね それを心理のように扱うのを早くやめてください って話をしており あなたの共同的コンセンサーズがそうだっただけであって それ心理でもなんでもないです と 神のしに関連することも心理でもなんでもないですと みんなでそうしましょうって決めていただける それしかも 事態によって変わり 事態は今 めちゃくちゃ変わろうとしていますと 今の事態の特徴というのは それがめちゃくちゃ変わるっていうの この事態の特徴ですと でも事態のこの再生産にあって それをこじして維持するっていうメリットと 合理性でどこにありますかっていう 指摘をずっとしてることになりますよね なるほどこの100年ぐらいが フロンティアがあったのでGDPとか曲がっていくから それだけ信じてればなんとかやってきたけど もうそうじゃないよねって そう フロンティアがなく人口動態がこういう感じになっていて こういう世界ではリンリーが複雑化するっていうのが ある意味あるトレンドとして なんか当たり前に起こっていて リンリーが複雑化する世界の中で 退移資票を使って これからもやっていこうとかを持っているっていう ことに何の合理性があるんですかってことを 指摘してると そうです それは明確に今変わることをしている この時代の中でいつまでそれを保陥するんですか ってことを まさにVCとかにしてきてるのが 自分が言っているないようってことになりますよね ここに合理性って何があるんですかっていうっていう はいはい なります こういう あるのがあるんですか そうです まみがあるのも面白くて まみがあるのも面白くて 宇宙時代になって 宇宙にどんどんフロンティアがあるよねって なったらまた そうです どんどん距離をお待ちください わくせを決した方がいいよね はい 色んなスコトが宇宙に早く行こうとしているとかっていうのは ずーっとフロンティアがあったアメリカにの 機質を彼が引きついでアメリカ的な 古前をしてることで説明ができるんだけれども 日本とかは結構フロンティアがない状態で ずーっと存在していくくりなので フロンティアがないときの サフォートやり方っていうのは非常にうまい国なんですよね アメリカ全くその逆なんですよ フロンティアに対するサフォートやり方がうまい国なんですけども いつ宇宙に行けるかわからない中で 宇宙にもしか宇宙にいたところで その先にどういうものがあるかわからない中で この瞬間その宇宙にまだ行けてないじゃないですか 人類が この中で僕としての主張としては フロンティアっていうフロンティア的態度を取るよりも フロンティア的態度っていうことが重要になる世界にも 既に突入しつつあるから ここでその生出を発揮したほうがいいと思うっていう話と さっきの哲学の話に戻るんですけど 心理じゃなくてコンセンサスだからそれは そのコンセンサスっていうのが分か別にまたあるんですよね しかも なぜかというと フッサールから言えば 100%の客観的心理と 100%の客観的な見方ってことはできない 我々がそのなんか共同にコンセンサスは得るということは可能である そのコンセンサスっていうものも100%同期はされてないと 例えば同じ赤色を見て本当に同じ赤色を感じているかどうかは 正面ができない けれども お金アジア赤色として扱いながら コンセンサスを なりたたせい世界をなりたたせていくこと自体は可能であると はい なんで 同じ赤色が存在するという態度今撮ってますよね世界は そうですね そうですね みんなが同じ色を見ているということをあまり疑ってないですよね 個人的に疑う瞬間はあるかもしれないですけど 世界のシステムとしては疑ってないですよね そうですね 心合の色とかでね 生きていってたら なりたさないです 同じ赤を見ているはずだ 僕が見ている赤と 検数さが見ている赤が同じ赤かどうかってのは分かんないから それと同じように全てがそうです ただ 何らかのプロトコル 倍回を通じて 同じ赤だと見なしていることにすることは可能だよねってこと そうですね この態度を撮りながら同じつまり僕がその前回のポストションシリー 資金調査の時に言ってた 資金調査技式だというのは 朝にこの コンセンサスっていうのが何のサフォーに基づいた何のコンセンサスなのかということを メタ化して 時代が薄り変わって言ってるので 日フロンティア型の新しいコンセンサスに映した方がいいんじゃないですか ってことを指摘してることになる コンセンサスの内容を変えるみたいな サフォーを変える コンセンサーを同じ こういうものを一緒に赤だって呼んでたんだけれどもそうじゃなくて 緑のことは赤だと呼んだ方が僕らの社会はより良くなるんじゃないですか ということを指摘している人みたいな はい なるほど なるほど 単密的な臨理資票で単密的な大使 大応 当使 アクションみたいなことをするんではなくて 複雑した臨理資本の中で複雑化したものをやるみたいなことを やった方がいいし それを定量的資票だけに使させるんじゃなくて もう少し質的調査に基づいてやった方がいいんじゃないですかってこと 僕は指摘してるんですね なるほど これは 複雑あるからいえばどっちもどっちです 完成でいったら どっちもどっちなんですけれども ここで何故質的情報を入れたりとか その客観的資票みたいな 定量化だけにも取り付かないということがその とてんしゃるは上げると僕が思ってるかっていうと ここは仏教哲学から説明されると思っているんですね もうほうほう なぜ仏教哲学から説明 なぜというかどう説明されると思ってるかっていうと そこに関係性の哲学ということが持ち入れるかなと思ってますと なるほど なるほど はい これ 伝まんのかな 僕たぶんギリギリ今理解できてるので 聞いてるような人たちは大丈夫かと思う 僕が今この世界でアライル問題で株式大社政治が スタックしているなと思っているところを 感覚として僕が感じているのをボーンとして聞きしますね して聞きすると きりすとこれ本当にごめんなさい きりすと今日の新じゃの方からを怒られるかもしれません けれどもいいところと悪いところがあったというふうに なしてます でそれは その えっと 否定してるわけじゃないということをちょっと改めてお伝えした上で 言いますね さっき言った その 除列という概念が関係性を固定化してしまった結果 アクションの幅を背負めているっていうのは僕からの指摘です なるほどめちゃくちゃなるほど つまり 例えばコミュニティーナース カンパニーとか番が変でてきたで説明すると実はすごく分かりやすい 例えば入り音とか 現代の入り音というのは近代 成用手伝学に基づいてやっぱり兆列関係というのを作っちゃってるんですよね つまり 治療される患者と治療する医者っていうものがいて なるほど ここに困境を定価化存在してるんですね この関係が間逆になることって医療ならば存在じゃないんです 会合でもそうですよね 会合される人とする人がいるわけですね 障害でもそうです かばりそうな障害者みたいな存在がいて この障害者を助ける人たちとか社会保障っていうのがあるっていう考え方があります もちろんこれはかなり今発展して変わってきていて 元々そうだったんだけど 変わっていてノーマリゼーションとかね そのインクルーシブみたいな概念とかを生きているものの やっぱり大元の兆列関係という感覚が抜けきってないっていうのが自分が指摘している ギリスト教の初発展がそこだから あるいよりもそれに立客している以上やっぱり兆列関係みたいなのが起こりやすい 全然の神が折りその動物がいてその中間に人間がいるという兆列関係やっぱり僕から見てやっぱりどうしてもあると その兆列関係が穴の中にとしてこの自然と世界っていうのを近代手掴が捉えちゃってるんですね デカルとの明確にそれに戻ずいているし もちろんそこから段階的に2位チェマでにいたって思いっきりそこから出していくんですよ で2位でいい子でめっちゃ出すしてるんですけど今の世界のこのシステムは2位チェの哲学をに立客してませんからもっとも いっきり逆してるんで この傾向っていうものを引き付いて色々出してしまってるんですよねなるほどね それはいいところもたくさんあったんです だからこそ僕たちの世界はすごく豊かになったし生産セマ上がったしそのストイックさを受けついで非常にストイックだったと思いますこの近代手の話 今の僕たちも中世紀や古代人比べたらめちゃくちゃストイックな人たちだなって思います いいところもいっぱいありました 社会福祉も結局めっちゃ進んだしねめちゃくちゃ良かったと思う一方で今ぶつかっている書事の問題っていうのはその抜けきれない 兆列感覚みたいなものが反映された結果 関係生定されてしまったことによってアクションにクリエイティビティが失われていることから発生してるっていうのが自分からの 指摘ですなるほどめちゃくちゃ面白いなるほどはいはいもっとクリエイティブになれるはずなんですよねはいはい それは関係生が固定されなければってことです我々の時間には連続性がなく関係生によって規定されるっていうのが 仏教手段からもちさですね 分野な関係生を気づかによってこの瞬間いい人にもなれれば最低の人間にもなれるわけです ふつうにそれは1日1日を変わること最悲の機能今日先月今月だけじゃなくて1日1日にで連続性がないんでこの瞬間めちゃくちゃ 前療性を発揮することもできればクソみたいなアクセを発揮するってことも可能 けれども今の世界は関係生固定化させ続け しかもそれが生活世界から離れすぎた客観指標みたいなものを心理としてみなしその心理としてみなした客観所を追い求めた結果 関係生の質感みたいなものに一切着目しませんから関係生の質感に着目しなかった結果ですね 多くのことが前世を発揮できない関係生として立ち現われてしまっていると これを前世が発揮できるような事がが存在するような関係生を規定して その前世が発揮できるような質感というものを追求していくっていう考え方に変える やり方にしてやっていけば僕は全然変わるんじゃないかと思うんですよね いやすげーおもしろいすねよは問題はどういうコンセンサスをみんなでいるかそういうことだ そこの関係生が固定化されていると同じようなコンセンサスしか生まれないけど 関係生成別に変えられるジャンプ機能と今日の自分が違うから 一緒に一緒に変えれるというで新入しいが体現しているのはまさにそれで 助けられる人と助ける人が固定化されているわけではなく それはそう後にこの一瞬一瞬でおじいちゃんにを助けることまれば そのおじいちゃんから助けられることもあってそれが人間のウェルビングに繋がるよね っていう発想でやってるわけですね実際そうだと思います その関係生が固定化されないことが実際のウェルビーイングに繋がってる可能性は めちゃくちゃ僕高いと思っているんですよ なるほどないやつ そういう鉄楽でもそれが心理であるっていう風に指摘されていることであり ふっさる鉄楽の中でも固定化されている方が指摘されている なのでそれただのコンセンサスでしかなくて心理ではない つまりこの世の中に助けられるべき存在が心理として存在しているわけじゃなくて そういう風なコンセンサスが得られてるだけだよねっていうことをやはり鉄楽から指摘されてる でもそれを今ビジネス世界とか その政治の世界でもそうですけど実態化してしまってその実態化に対してアクションを組むっていうやり方を 思考方法を使ってるんでそこから実その実態化 ないはずの実態化からしか進んでないから アクションの範囲が狭くなってるんですよね 狭くなった結果解決できてないんですよ はいはいはい これを広げることは可能 いやーめっちゃわかる いっちゃうからがどうまあすげー 単純な例で言うと学校においては先生が制度を教えるっていう関係性が固定くされているので 学校の問題が起きた時にずっとその関係性で考えがちだが まさにそう 生徒が先生を教えてもいいじゃんまでやると解決法の少なくても幅が広がって クリーチビティが発揮できるじゃんと そういうことです そうです 本来おそらく理想的なウェルビングと人間関係なり方っていうのは まさにぶったが指摘してることでまあリシーのシーが体験してることであるのは あのその瞬間瞬間の全体を見渡して 最もやった方がいいことをやってるわいいだけの発生なんですよ コテンをしてきているのはそれをやるためには 事がと社会に対する深い理解が必要だから人分がこう使ってくださいってこと言ってる わけですよね つまりサッカーで立とえると そのフィールドが見えていれば今自分がどこのポジションにいて どこに立ち回ればこの試合にとって良いかってことをわかる ただフィールドが見えてないからわからないんですよねってことを今僕は 株式会社に指摘してるとかそのフィールドを見るためには人分地必須だよって言ってる 社会についてわかってないとフィールド見えてないから動き方わかんないよねみたいな 自分がどこにいるかわかってなければ自分が移動する場所も 英の距離がわかんないからどうすればいいかわかんないですよね それをわかるためには歴史や哲学って必須ですよってこと言ってばけですよね はいはい それをそれをそれを何をするかっていうと その世界に応じてその商業無条の世界に応じて自由を無人に今の自分の あり方関係性を最適なものに変え続けていけるための事が思つためですよね その事が思つためにそのなんていうか 勉強が必要だったわけです なんででそれを今一番できるプレイヤーが誰かというと僕はビジネスパーソン だって言うしているしもしビジネスパーソンがその態度取らなければ世界これ以上よくできないんじゃない ということをしてきしていると今の哲学のまんまでも無理ですって言ってる 関係性が固定化されているので解決です てつこないし今センサーもそんな変えられない そうですその今センサーソンを固定化させる意味ってあるんですかってことをしてきていると 存戦させてずっと変わってきましたよね時代によって今こそ変えるべき時なんじゃないんですか 別に100%変えるとは言ってませんよと 当時ポートフォリオの中の一輩を新しいやり方でやってダブルスタンダード化しするっていうやり方をやったらどうですかってことをしてきてますよね それにだとせがなくて100%前回のまんまでやりますっていう いい切るとしたらそれって何の意味があるんですかって僕からは してきてるわけですよねそれが合理的なんですかと 論理的だって合理的なんですかっていうことをしてきてることになりますよね僕が言っているのは正しいかどうかわからないし 新しい関係者が何かわかりませんが新しい関係者をその時々に応じて実験して 試して生き続けるということ以外に我々にやれることもないじゃん そこから新しい今センサーソンをつむいていくっていう勇気を持たなくて どうするんですかってをしてきをしていることになりますよねそれがポスト書本書きってやつです なるほどいやすげーここまではめっちゃわかりましたそのどの関係性がいいかわかんないか関係性 固定化してコンセンサー数が変わらないことを続ける意味はあんまりなくて ちょっとずつでも試せばもしかしもっといい関係性とコンセンサー数生まれるかもしれないし タイミング的に今めっちゃやんないといけないタイミングなのに100年前と同じ状態でやって これ以上よくなるかというともう弱さの最後の方になってしまってる そうですそうです改善っぽいってことないそうそうですそうですで僕がそのビジネスパーソンに 一速動いてほしいもう一つの理由は我々が技術的にかなり当たつしているので ミスできる回数が恐らく少ないからですよね 第二次世界体制のミスをもう一度起こせば全死の可能性がある 中世の宗教戦争みたいなミスを起こせば僕たち全員が死ぬ可能性が 中世や近代であればあと何回かミスってもよかったかもしれないそのミスに一回によって僕たち全員が死ぬみたいなことはなかったかもしれないと 僕たち全員が死ぬ可能性はありますよね僕はそれが100%起こるとか思ってないし いわゆる反戦論者のように戦争が絶対遅る戦争説態だめだって言ってる人でもないんですよまた平成に見ててこれだけ技術が当たつ 社会の中で僕たちがあと何回失敗できるかは謎いよねって思ってますとそうですねはいこの謎の中で その確率をその向上の無事項運動みたいな感じで 極めてゼロに近づけていくんだと いう活動を僕らまだできていないじゃないですか お困難かもって思いながらAIの開発してるし お困難かもって思いながら ビジネスパーソン動いてるけど いやお困難かもしんないよでも起こったらどうすんですかっていう 問いに対して答えれないじゃん だからこそ早く変わったわけですよ 今までの考え方で飛べられる気がしないです 株式会社がより良い方向に行かないんで 環境問題にしろ 戦争問題にしろ 人権問題でも何の問題にしてもそうですけど 全部スタッフしてますよね 極めて何度か高いですすべて この何度高い問題そのすべてがあと何回失敗できるか 僕不明だなっていうふうに思ってます 本当にあと何回失敗できるか不明な中で 過去のやり方を有機を持たずに投修し続けて 習慣化するという事が本当に だとうだと思うんだったらやればいいと思うけど 全くだとうだと思えない っていうのが本当にビジネスパーソン全員にいたいかな 全くだとうじゃないと思う すげーそうですねAIの会社も結局 バリエーションを上げてめちゃくちゃに資金調達して それで今で独製を目指してやるのを続けているので AIによってリンリ感がどうなるんでしょうか ねみたいな話を一回置いていくだいと ユーザー獲得と売り上げを求めしている そうそうそう このまま言ったらどんなミスが起こるかわかんないが ミスできる回数はもう残りわずかというか どんどんこれからはミスったら 別暴までいく距離が短いので そうですね そうなんだっけっていうのはありますね という指摘している人ですね ああいや面白い 前よりより説明 まあこれちょ本に書こうと思ってすけど一年後から 今ねちゃんと手伝学のところを ちゃんとなぞって なるほどねってなる手伝学のね ハウのところやっぱり仏教がめっちゃ役立つ そうですねそこをありますね 関係性の固定によってコンセンサスが 2体様なものになってクリエイティビティの さっきできないか一番わかりやすかったです はいそれすごく仏教のさっきの会議で 僕の中で表現がブラッシャップされたんですけど いわゆる僕が指摘しているのは 特に金融とかに指摘しているのはクリエイティビティのなさ ってやつですから そうですよね 確定しすぎて 勝ち筋にこだわりすぎてしまってるけど 勝ち筋の勝ちっていうのは本当に勝ちなのかっていう その二つ目のビクトリーってやり バリューなのかっていうことが ふさるから指摘されてるけど 早いよって言われてますよってことを言ってるってことですよね そうですよね チンリートして取られてるけど 本当にシンリーですかっていう話を めっちゃ指摘してることになるんで 考え直した方は良いよっていう 自分で疑問派手な浮かびながらやってんじゃん 普通に金融の人 派手な浮かびながらやんないよって思ってたんですよ じゃあ もう 派手なのか そう 僕らの実感地で言うとやっぱ VCがたくさんあるファンドのうち ちょっとだけでも新しい投資をやってもいいじゃんと思っても マジでできないみたいな VCの人も すごい個人で言うとそうだよねと思ってるけど 仕組みとして本当にできないみたいな 見てるからより実感地として 強いかもしれないですね そうですね それがなんかこう 時代が動いていなければ僕は LPに接続不能だと思うけど こんなに時代が動いてんだから いくらでもLPの一部を接続すること 可能だと思ってるんですよ コンセンサーする問題っていう話をしますけど 今ならコンセンサーするが取れる時代だと思うし それを主導するべきなのが金融だと思うんだよね 新しい金融のあり方 新しい仕組みのコンセンサースを 一番早く得るから金融なでしょう 金融なわけでしょ それやほしいわけですよ このように存在しないトランザクションの 可能性を見出して そのトランザクション増やすのが金融の役目だと思ってるから それができないんだったら 金融入れ変わっちゃうよプレイヤーが っていうのが 自分がずっと金融の人に言ってる内容 私、地金調達の時にこの話をずっとしてる 本当に いやーすげぇわかる まあ 五者ぐらいのLPをつかまえて 5個ぐらいのファンと作って これはそういっすよってやっても なんか全然そこまで不可能な話でない はずじゃない そう だから別に世界全体の理解をやられるわけじゃなくて それだからこれをね 心理だと思うからできないんですよね 心理じゃなくて ただのコンセンサースだから クロンスの空間でコンセンサース エリアイイだけの話 うん そうですね ちょう、小っちゃいところから あの変えていけばいいだけだし そもそも世界でそうやって変わってってるから フランス関名を超る直前の前だって めちゃくちゃ狭い空間でコンセンサースを すべてるだけだし ジャコバンハとかが普通にサロンに 返ってるだけだし 明治身だってめちゃくちゃ狭いコミュニティでやってるから 確かにね めちゃめちゃ狭いコミュニティでやりゃいいね そんなの ペーパルマフィアだってめちゃくちゃ狭いじゃないですか そうですね めちゃくちゃ狭いコミュニティで 世界に一早く先がけて新しいことをやる 有機がないとできないんだけど 僕がさらにもう一つ言ってんのは その新しい調理を作るのに 最も的知らないやっぱり日本だと思ったんですよね これが僕成要から出てくる感覚ないんですよ 例えば関係性の哲学知らないもんなって はい 体感知としても持ってないもん なんでそこをハウのところを 濃厚に持ってる日本が やりゃいいじゃんって思ってるっていうことも ずっと言ってるって感じです ナショナリーズムとかじゃなくて 日本すげえとかじゃなくて シンプルに強みと弱みを見当たしたときに 成要とかキリス教の素晴らしいとか めちゃくちゃたくさんありますよ 僕もキリス教勉強すれば するほど素晴らしい就句だと思ってます 本当に 一方で 今この瞬間こういう価値 出すのに日本がやったら だとなんじゃないっていうのは すげえ感じてるんで そうですよね 一新教的なその調列とか関係性の 感覚がない状態の社会にいるので やりやすいみたいなのもありますしね そのタイミングに日本の 自分一緒でシリコンバレーの真似するとか 本当にやめて 今もうまじでできなくなっていると思いますけど 上性的に 今が超チャンスだと思うよ だからこの動画 サーズ不強になって なんかよくわからんことができてるんで このタイミングで 独自路線を出す本線させてのLPに得ていって どういう世界を思考してどうしたいか ってそこに哲学がいるよね やっぱ改めて だから人分地勉強しないと無理なんですよ 世界にもたらしく作り直さないといけないか 世界のLPでやっぱり人分楽勉強しない時期のやっぱ 本当に半分間 こういうことができないから その上でいろいろやって 100個やってた分 100パターン失敗するが 1個すごいのが出てきたら みんながそっちによって それからね 失敗しない時期ないですよね だから ビジネスパーソンの 今の時代の我々の役目は やっぱり次の子供の世代のために 意味ある失敗 意味のない成功しない ってことが超大事だと思います それはそうだな 古典みたいな会社が失敗したら このやり方がよくなかったよね でもこっちできるよね っていうふうに そう なればいいが 100年前と同じ こうすればうまくいっくみたいなのを 再生産しても ほとんど意味がない 意味がない 本当に100年前といわず 5年前と同じ成功しても意味がない このような社会だね フロンティアが証明し リンリ感が 単純化から複雑に 意味があるから 1月にかに行こうし さらに世界が分断して 先った心理みたいなものが まさに複雑の指摘通り 別々に持ってる状態が もっと地面になっていくわけです 100感的に心理といえるようなものが 総勉強していくということが もう少し分かりやすく立ち現れてくる時代 その間をどうやって繋ぐのかとか でベルビングみたいなのが 叫ばれる中で いわゆるデカルと的時間みたいなのを 思っていくようなものが 理性というものがあって 身体と自然と世界と みたいなものをコントロール対象と見なして コントロールしようとしても 全然しちゃわせになれないと なぜならコントロールなんかできないからですよね 全然できないはずですよ そもそも事がと 大社がどれぐらい明確に 区分しているかも不明なのでね 仏教哲学から行ったら そんな決めの問題だって 言われているぐらいだから っていう中で あれですよね やっぱ哲学に立ち戻って ブラシャップした上で ちょっとずついきなり社会支泉を ごろっと帰るってやっぱり起こったことないですから ちょっとずつ帰る必要あるんだけど そこに有機が必要ですよね そこで今その有機を 振りしぶるべきなのは 昔だったらね 他のセクターの人だったと思いますけど 今だったらもうビジネスパーソンですね やんなかったら誰がやるんか という話だよね 今ビジネスパーソンこの 僕たちの世代のビジネスパーソンが もしやんなかったら 誰がやるんだつ そうです 政治家がやってくれるのかと この選挙とかしないといけないながら 政治家がやってくれるのか このレベルの発想のね 転換をあとは 子供がやんのか 僕のたちの子供が2歳3歳とか 10歳とかに15歳とかの子供が やりますかと 急にやれないでしょ 急に 俺らしかやれるしていないでしょ ビジネスパーソンで その僕たちが5年前と同じ成功法則を投手し続けたら、 それを怒るべく見らいが怒るべくしてくる可能性を立ても高いと思いますけど、 それをどういう理由で合理的だと思っているのかマジで問いたい。 っていう感じ。 グリーズとレーキを上げて、100億ぐらいで上映して、 中に行って、今の時代にそんなに意味があるのかみたいな、それよりもなんか、 これやったら戦争が止まるかもしれないみたいなところで、三億調達してやって、 すごく、翌勢できたみたいなほうが勝ちが高いはずだけど、 それを判断する、コンセンサスも今はないので、 なのでそこを作っていってこういうのだったら出来ますよねっていうのを、 ちょっとずつやっていかないとずっと、この時になっちゃいもそもね。 はい、お疲れ様、一度熱くいった、なんか、一気に浮き付かつ。 いや、これめちゃくちゃ面白かったな。 いや、まあ、僕らしたくなったら話すかいにしちゃいましたけど。 いやいや、超よかったけど。 毎より少しまた、見事をかかすんで、これをちょっとキスタにもしたいなと思ってたから。 すげぇ理解しようつかったくつくんですね。 うん、良かった。 このデベルの話がつたはるって、相当やばいと思うんだよね、やっぱ。 そう、ですね。だから、薄らとなんか、深く知らなくても、 薄らと地式が点在していると、理解がまだ、 深いさの小点な所のギリスト教規で、物教のやつを聞いて、 みたいなのがベースとしてあるとギリギリ、なんとかわかるみたいな感じですね。 うん。 いや、今、世界のエリートの中の最先端を言ってるっていうと、おこがましいですけど、 過去ではない可能性を。 このさありますね。 考えない。 教えてると思います。 この方が、 キリスト教見から生まれづらいっていうのがあるので、より、その、その感覚がありますね。 そうですね。まあ、マルクスガブリールとかには通ずると思うけど、 伝わると思うけど、 資格的、キリスト教系のビジネスパーソンから出てきずらいんじゃないかなと思います。 関係性を重重に変えるみたいな、やっぱり、ESGにして、SDGsにして、 何にしろ、その、やっぱり、可愛そうな客帯っていうのを、 固定化させていくっていうことが、人種版最初に起こってますから。 そうですね。 そこから発生するアクションって、すごく限定って聞いたよね、やっぱ。 セーブザーアースっていう言葉自体が、もうやっぱり、関係されてますよね。 めちゃくちゃ固定化してるけど、 本当何様なんて感じだから。 そうですね。 本当に、エラルボニーとか、そこから出してるから、日本人があると思う。 そうね。 動画会社を助けなきゃみたいな話じゃないじゃないですか。 全然。 そこは特有なんですよね、本当に。 いや、本当、特意なんだと思います。 やっぱり、書き根を取り払って、 お互いの関係性みたいなのを、 二枠かには定義できない。 ぐちゃぐちゃにおりまざったマーブルショックの、しかもそれがずーっと、 ゆり動いてるから、そのマーブルがウズニをって動いてるから、 パパパって見た瞬間によって、その色と模様が違うよね。 みたいなことが人間関係だよね。 自然と、 身体感覚として理解されてるんで。 いや、その障害者の人と接してても、 別障害者って思ってない時もあるし、 いや、でも障害者だから、 集団を上げないとねって思ってる時もあるし、みたいな。 どっちもあるよね、みたいな話が、 もう極めて通じやすいんだと思うよね。 そうですね。 感覚的に全然、 じゃないっていうのがありますね。 そう。 なんかそういう、なんていうか、 そういうことだと思う。 ちょうどきの僕は、 ネットフリックスのあのDCs-iっていう映画見ましたけど、 あの中でも、 象徴的な、 なんかこう、セリフでね、 その、 医者が感情を助けてるんじゃなくて、 感情の生きたいっていう、 その気持ちに医者が、 医化されているんだみたいな話があるんですけど、 これもそうですよね。 感覚性の固定化からは出てこない発想だと思うんです。 なるほど。 おー、面白い。 こういうやつ。 おー、なんていうか。 物理世界でもね、 やっぱ今、 固定化されてないってことは、 事明になってきてますから。 うん。 物理同士の感覚性が固定化されてないっていうことが、 事明だからね。 そこ、 仏教鉄画から持ってくると、 理解が用意っていうのはすごいいいですね。 用意ですよね。 心態感覚性に理解しやすいっていうのが、 僕たちのアドバンテージであるんです。 その文化の中で育ってきてるからね。 その代わり天国が下がったくそうですから。 なるほどね。 はい。 強みを活かしていくっていうことは、 関係性を固定しないということだということが、 僕の中で、 めちゃくちゃ言語化されました。 日本での強の活用の活用を活かす、 いこうる関係性を固定化しないですね。 うん。 でも、 いや、めっちゃいいな。 関係性を固定化しないと、 クリエイティブに、 コンセンサーソースを変えれます。 なので、 クリエイティブにも、 アクションがより幅が広がるよってことだよね。 そうですね。 はい。 だから、 日本のサービス業とか、 製造業は、 だから、 アクションの幅が広くて、 クオリティが高いんだと思う。 うん。 はい。 分かられ、 一番分かられするのをサービス業だと思うけど、 うん。 やっぱり、 人間関係気づことするもんね。 日本のサービス業って。 おー、確かに。 なるほど。 やっぱね。 もちろん、 ある程度の固定化された人間関係は、 もちろん、 そこにあると思いますけど、 お客様、 その、 報紙社っていうのがあると思います。 なるほど。 これはね、 これはね、 これは、 このもろいのが、 僕は、 日本人っぽくないってのが、 一番もらいます。 (笑) そうですね。 毎回、 毎回、 おもろ、 この中で、 ほもサービスっぽくもないって、 ほもサービスの中にいるが、 ほもサービスですけど、 ちょっとはずれちなのが、 ちょっとはずれちなのが、 ほもサービスで、 ほもサービスで、 ほもサービスで、 ほもサービスで、 ほもサービスで、 ほもサービスで、 ほもサービスで、 ほもサービスで、 ほもサービスで、 ほもサービスで、 ほもサービスで、 コテンナージョで、 言うときは、もう少し冷静に行うかな。 あんまり力が入ると、 やっぱり、 その、 聞き辛い人出てくるかなと思って。 あ~、 でも、 僕の主義主義、 教われて近い話だから、 やっぱり、 力が入ると、 なんか、 論理の展開的には、 かなり、 理解しはすかったですね。 ありがとうございます。 ほんとに、 金融に聞いてほしい。 これも、 金融で聞いている人いると思うけど、 一番、 気をつけない、 いけない、 私たちは、 いると思うよ。 金融。 特にお金を長すかくね、 一番勢力に、 高い。 人の動き気に入っちゃってる、 頂重な仕事してるから。 うん。 一番意識高くも、 ほんと。 ほんとに、 投資する、 ペンちゃんに、 これによって社会で、 どうやって、 よくなるんですか? 一言を聞くみたいな、 ところからだけでも、 結構変わるはずなんですから。 やっぱり、 一人で、 一人で、 いったいると思いますけどね。 一人で、 いったいると思いますけどね。 投資委員会とかになって、 いついくじっとするのか、 いくらか。 そうしな of you。 飲み、 飲み、 近いと思いますよ、やっぱり。 うん。 うん。 という感じですかね。 はい。 いや、ありがとうございます。 ありがとうございます。 すごかったです。 ありがとうございます。 はい。

Podcast Summary

Key Points:

  1. 近代哲学(デカルト以降)は主観と客観を分離し、理性による自然・他者の客観的管理を志向したが、現象学(フッサール)は100%の客観性獲得は不可能と指摘。
  2. 社会科学や経営学などは、客観的真理ではなく、単なる合意(コンセンサス)に基づいているに過ぎない。既存の指標(売上、KPI等)は固定化された関係性と合意の産物。
  3. フロンティアの縮小と価値観の複雑化により、固定化された関係性と単純な合意では現代の課題に対応できず、創造性が阻害されている。
  4. 仏教哲学の「関係性」と「無我」の概念を援用し、瞬間ごとに最適な関係性を構築する柔軟な思考と、質的調査に基づく新しい合意形成が必要。
  5. 技術進歩により失敗の許容度が低い現代、ビジネスパーソンが主導して、哲学に立ち返りつつ新しい価値観とシステムの実験的構築を急ぐべき。

Summary:

この議論は、近代哲学が確立した主客分離と理性による客観的管理のパラダイムが、現象学の批判によりその限界を露呈していることを指摘する。フッサールによれば、100%の客観的真理は存在せず、社会科学やビジネスの指標は客観的実体ではなく、社会的な合意(コンセンサス)に過ぎない。現在、フロンティアの縮小と価値観の複雑化が進み、固定化された関係性(例:医者と患者、支援者と被支援者)と単純な量的指標に依存する既存の合意では、創造性を発揮できず、社会課題に対処できない。解決策として、仏教哲学の「関係性」の概念を導入し、瞬間ごとに最適な関係性を構築する柔軟さと、質的調査を重視した新しい合意形成を提案する。技術的リスクが高く失敗の許容度が低い現代においては、既存システムの再生産ではなく、ビジネスパーソンが主導して哲学的な省察に基づく実験的な価値観とシステムの構築を急ぐ必要性が強調されている。

FAQs

利用企画を概要欄から読んでから聞いてください。これは心理的安全性を担保し、変な日を避けるためです。

音源は一週間で消える特性があります。これは料金発生と心理的安全性を担保するためです。

理性と自然や神が明確に分離され、自然や神が理性によって統御・管理される対象として捉えられるようになった点です。これはデカルトの思想に端を発しています。

100%の客観性は存在しないにもかかわらず、自然科学のように客観的・数学的に処理できるという前提で社会科学が進んできた点です。この前提には高い誤謬性があると指摘されています。

哲学的に前提が否定されている(例:100%の客観性の不在)にもかかわらず、その前提に基づいた合意形成(コンセンサス)やシステムが固定化され、アクションの幅や創造性が失われている点です。

フロンティアがある時代は倫理観が単純化し、フロンティアがなくなると利害対立(コンフリクト)が増え、倫理観が複雑化する傾向があります。現在は後者のフェーズに入っています。

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